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H C J B 「 ア ン デ ス の 声 」 日 本 語 放 送 密 着 モ ニ タ ー
 
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■ はじめに -

  南米エクアドルの首都・キトから36年間の長きに渡って放送を続けて来たHCJB「アンデスの声」日本語放送が、この2000年12月31日(日)をもって、その歴史に幕を閉じようとしています。

  当地(アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ)では、北米向け日本語放送が23:30〜24:00(EST)に受信出来ます。しかし、これは時間的にチョット遅い上、11940KHzの受信状態もイマイチよろしくない。そこで、比較的良好に聞こえている日本向けの9795KHzをモニターすることにしました。

  本稿では、HCJB「アンデスの声」日本語放送の最期を記録として残す目的もあり、放送中止に至った経緯から最後の1週間分の放送内容をまとめてみます。

  尚、特記なき限り、時間表記はJST(=日本標準時)。ちなみに、2000年12月末現在の日本と当地の時差はマイナス14時間です。


■ HCJB日本語放送中止! 〜 第一報流れる

  HCJB「アンデスの声」日本語放送中止の第一報が報じられたのは、2000年8月中旬のことです。

  日本語放送部長・尾崎一夫さんからリスナー宛に、突然、下記のようなメールが送られて来ました。

  1964年(昭和39年)、広い南米大陸に移住した日本人に向けて、日本語放送「アンデスの声」は始められました。それ以来1日も休むことなく、日本と南米を結んで移住者に心の慰めと励ましを与えてきました。

  あっという間に三十有余年が流れ、その間に聴取者の大半を占めていた一、二世を中心とする方たちの高齢化が進みました。また二十世紀の情報革命の嵐でアマゾン川流域にもデジタル化の波が押し寄せ、アマゾン地方の日本人、日系人約一万人も殆どの世帯が衛星放送で日本のテレビ番組を同じ時間に視聴していると聞きます。また、Eメールの普及は故郷の家族、友人との交信を容易にし、これまでの「アンデスの声」の役目も必要度が少なくなってきたと言えるでしょう。

  一方、来年でHCJBは開局70周年を迎えます。その節目にあたって、HCJBの組織全体を見なおすRegionaization(地域化)案が打ち出されました。従来、エクアドル中心だったHCJBの働きを分散化させる構想です。

  そのため、エクアドルの管轄は中米、カリブ海を含むラテンアメリカ全体となり、そのほか北アメリカ、アフリカ、中央アジア、太平洋、ユーラシアなどが、それぞれ地域の自主独立体制を敷くことになります。

  そうなると、これまでのエクアドルからの日本語放送は全ての費用をHCJB負担で放送させてもらっていましたが、2001年以降はその全費用を独自に捻出しなくてはならなくなるのです。

  この件について、昨年来関係者と綿密な協議を重ねてまいりましたが、結論として、「アンデスの声」は今年いっぱい(2000年12月31日)をもって終了することになりました。今も放送を熱心に聞いて下さっている愛聴者の気持ちがわかるだけに私たちにとってはとても苦しい、つらい決断でした。いつまでも後髪をひかれる思いです。

  しかし、上から見ておられる方の真実を信じて、次の一歩を踏み出したいと思います。私たちをエクアドルに送り込んでくださった同じ方が、その使命が終わったので、次に向かって惜しげもなく追い出されるのだと確信しています。

  時代は移り、メディアも変わります。そのような中で、今、開かれようとする扉を押しあけて、新しくインターネットの世界へと飛び込むことをビジョンとして与えられています。私たち老輩に大きなことはできませんが、小さなことでも続けて奉仕をさせてもらえることは感謝なことです。

  以上のような諸事情をおくみとりの上、どうか今後ともよろしくご支援、ご協力くださいますようにお願い致します。2001年以降の予定については追ってお知らせします。

  神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(伝道の書3:11)

「アンデスの声」日本語放送部長  尾崎一夫  2000年8月15日

  このニュースが一通りインターネット上を駆け巡った後は、なぜか、HCJB日本語放送中止に関する情報はあまり出なくなります。

  運営母体が宗教団体であること、このメールにあるような中止の理由から、1999年12月末で廃止されたDW日本語放送の時のような廃止反対運動は起こらず、あれよあれよという間に終わりが近づいてしまったような気がします。


■ 最後の日本語放送 〜 特番スケジュール

  そうこうしているうちに、もう12月。日本BCL連盟の月刊情報誌「MY WAVE」2000年12月号に、下記のような特番予定が掲載されました。

12/26, 27

「HCJBコンサート(第1部)」
「HCJBコンサート(第2部)」
  首都キトの創立記念日12/6(キト祭)を祝う、毎年恒例のコンサート。キト市民の愛する歌とクリスマスの歌を100人のコワイヤーとオーケストラが熱演。編曲指揮は尾崎道夫氏、ゲストはチリの歌姫クリスティさん。

12/28

「ゴミ谷のクリスマス」
  キト市民のゴミ拾場の住民たちに食事、飲み物、お菓子、靴などをプレゼントする、愛のイベントの録音スケッチ。

12/29

「エクアドルこの1年」
  ドル化政策、大統領交替劇など、波乱続きのエクアドルこの1年を振り返る年末特集。

12/30

「アンデスの声この1年」
  HCJBスタジオを訪ねたさまざまなゲストが声で再登場する「赤道で逢いましょう」年末総集編。

12/31

さよなら「アンデスの声」
  20世紀の締めくくりと共に、HCJBからの日本語短波放送も幕を降ろすことになる。1時間の生放送で最後のお別れをするので、当日はファクスやemailで参加してください。

  メッセージ送付先 : メール ⇒ kozaki@hcjb.org.ec または FAX ⇒ +593-2-267-263

= 以上、「MY WAVE」誌2000年12月号(日本BCL連盟発行)より引用

  12月中旬にもなると、「31日の最後の放送ではリスナーから届いたお便りを紹介し、それが2001年1月にマガジンランド社から発行される『アンデスの声 〜 36年の放送記録』に掲載される」旨のアナウンスも番組の中で流れるようになりました。


■ 「密着モニター」開始 -

クリックすると大きくなりますよーだ  クリスマス直前は本業が非常に忙しく、まったくワッチ出来ないでいたのですが、ようやく一段落した12月23日よりモニターを開始しました。「モニター」とはいっても、ただ毎日30分間の番組を聴き続けるだけの話ですから、これと言って難しいことはありません。(笑)

  過去に廃止された日本語放送と同様に、今回もすべてMDに録音の上、自分なりに「記録」として残すこととしました。

  それでは、2000年12月23日から大晦日までのHCJB「アンデスの声」日本語放送を振り返ってみることにします。

《 2000年12月23日(月) 》

  本日の放送は、これまで毎週土曜日に放送されて来た「エクアドル音楽をどうぞ」の特集番組(30分フルタイム)。

  尾崎アナが、担当者・Jorge Zambranoさんとこれまでの同番組について振り返っておられましたが、日本語放送では6年間、英語放送としては19年間も続いて来た長寿番組なのだそうです。HCJB日本語放送の中では最もリラックスして楽しめる番組で、自分もよく聴いてました(→ その後に続く「現代に生きる聖書」が自分にはやや難しくて、なかなかついていけなかったのですが・・・(笑))。

  また、12月31日の最後の放送に関して、次のようなアナウンスがありました(原文ママ)。

  尾崎一夫アナ:「それでは番組の最後に、お知らせ。日本語短波放送は、12月31日をもって終了することになりました。残すところ、あと8日間です。12月31日の最終番組は、みなさまからいただくアンデスの声へのメッセージを紹介させていただきます。どうか、アンデスの声宛にメッセージをお送りください。尚、このメッセージは1月末に発売を予定しております「アンデスの声リスナーズ・アルバム 〜 36年の放送記録」に掲載させていただきます。住所、お名前は必ず漢字でお書きください。また、この時間の放送は、日本で、BSデジタル放送で同時生中継されます。そして、この日のために、特別最終べりカードも発行いたします。」

《 2000年12月24日(火) 》

  今朝も、何とか06:30に起床して聴きました。クリスマス特別番組「クリスマス・ファンタジー『3本の木』」なる、キリスト教番組。

  自分としては正直、内容がチョット難しいように感じました。録音は録ったものの、ログは取りません・・・もとい、取れませんでした。(笑)

《 2000年12月25日(水) 》

  またまたガンバって?早起き。まるでラジオ体操に行く、夏休みの小学生みたい。

  本日の日本語放送は、クリスマス特集「マリンバの調べ」。マリンバ演奏によるクリスマス・ソング特番が15分間、その後「希望の言葉」という、non-Christianリスナーにとってはちょっと難しい?宗教番組となりました。

  今日の内容も、受信報告書作成にはチョットつらそう・・・

《 2000年12月26日(木) 》

  本日のHCJB日本語放送は、「アンデスの秘密 〜 インカ帝国の末裔 第28回(最終回)」。

  予定されていた内容に、ちょっと変更があったようです。20:47より、ボリビアの人気グループ「ロス・カルタス」の音楽、その後20:54より「バイブル・ブレーク」。ヨハネの福音書第1章14節の朗読となりました。

《 2000年12月27日(金) 》

  昨日は、当初予定されていた「HCJBコンサート(第1部)」の代わりに「アンデスの秘密〜インカ帝国の末裔 第28回(最終回)」が放送されましたが、本日の番組でその理由が判明しました。

  昨日の時点では、ただの番組内容変更でよくあること?と思っていたのですが、実際には、今年の「HCJBコンサート」では番組を製作するのに十分なクォリティーの録音が録れず、やむなくこのような措置になってしまったのだそうです。

  そこで、本日の放送では、昨年の「HCJBコンサート」の模様を再放送していました。最後の最後で、思わぬ?アシデントに見舞われてしまったようです。

《 2000年12月28日(木) 》

  ご存知の通り、日本向けの9795KHzはいつも20:25(JST)にs/onしてISとIDが流れるのですが、今日は時間を過ぎても電波が入りませんでした。不審に思って、MDを回しつつ周波数を前後に動かしてみたところ、何と!20KHz下の9775KHzでISとIDが・・・

  9795KHzの受信状態が日本ではあまりよくない?というような話を聞いてたので、メールが何かでその旨の報告を受けた尾崎さんが急遽周波数を変更したのかと思ったのですが・・・9775KHzは20:29に突然、停波。再び9795KHzに周波数を戻すと、こちらでいつもの通り開始音楽、アナウンスで日本語番組が始まりました。送信ミスなのか、尾崎さんのいたずら?なのかは不明ですが、危うく録音失敗するところでした。^^

  本日の日本語放送は、特集番組「ゴミ谷のクリスマス」。

  キトが大都市として発展を続けるにつれゴミの量も増大し、ゴミ拾て場に群がる低所得者も多くなってるとのこと。そんな人たちに食事や飲み物、靴などをプレゼントするHCJBのイベントの様子を収録した番組で、とてもナイスでありました。  いよいよ残り、あと3回となりました。

《 2000年12月29日(金) 》

  本日はちゃんと9795KHzに出ていました。受信状態も至って良好。明後日の最後の放送も、クリアな音が録れそうです。

  本日の日本語放送は、特集番組「エクアドルこの1年」。2000年を振り返って、内田涯貿易会社社長が1/19から施行されたドル化政策、エクアドル人の出稼ぎ先の変遷などについて解説されていました。エクアドルの国内ニュースが日本やアメリカで採り上げられることは極めて稀ですし、この番組はとても満足いくものだったと思います。願わくばこの手の番組がもっと多かったらよかったと思うのですが、宗教局にこれを求めるのはチョット酷ですね。

《 2000年12月30日(土) 》

  本日の日本語放送は、「赤道で逢いましょう〜総集編」。

  これまでの36年間にHCJBを訪れた人たちを振り返る番組。HCJBファンは尾崎さんご夫妻のあの柔らかな語り口に魅せられたという人も多いと思うのですが、本日のような自然なトーク(会話のやりとり)番組は、ただ原稿を読み上げる番組とはまた違い、自然な感じが伝わってきて、とてもよかったと思います。(うまく言えませんなぁ〜)

  番組では、この36年にエクアドルを訪れた人たちについて、実際のデータに基づいて下記のようなコメントがありました。興味深い?ので、MDを聴き直して書き出してみます。

HCJBを最初に訪れたのは、1964年11月の「早稲田大学 エクアドル・アンデス遠征隊」の5人。

(データが取れただけで)これまでに全部で491人が「赤道に逢いましょう」に出演。

HCJB訪問の動機について:
観光で来ている人が(全体の訪問者数の)1/4。エクアドル居住者が1/5。

エクアドルに来た目的:
・1/4が冒険の途中(山登り、アメリカ大陸横断、地球1周旅行の途中 etc.)。
・観光は意外と少ない(観光で来る人はガラパゴスのパック旅行が多いので、時間的制約が多くて、なかなかHCJBには寄れないようだ。)

訪問リスナーの出身地:
1/3が関東だが、南米在住者も多い。

訪問リスナーの年齢構成は、26〜35歳が1/4強。HCJB訪問者は長い休みが取れる人、例えば大学院生、教師、宗教関係者などが多い。

リスナーの訪問月:
全体の1/4は8月と9月に訪れている。ただ、訪問者の70%が男性であるが、男性が1番多く訪れているのが11月。それに対して女性は8月と9月の訪問が多い。

  2000年12月31日(日) 〜 最後のHCJB日本語放送について

  12月30日の番組中のアナウンスによれば、明日(12/31)の最後の日本語放送は日本時間20:00〜21:00に、1時間の生放送で行われるとのことです。放送媒体は、下記の通り。

短波:9795KHz

BSデジタル放送:301ch

インターネット:http://www.hcjb.org/japanese

  番組では、これまでにリスナーから寄せられたHCJBへのメッセージを紹介するとのこと。インターネットでも放送されるようなので、万一短波の受信状態がよくない場合でも、こちらが使えそう。

《 2000年12月31日(日) 》

  ここ1週間、毎朝06:25に目覚ましをセットして早起きしていたのですが、不覚にも昨夜はそのままにして寝てしまいました。幸い、自力で(偶然?)05:40に起きることができ、事なきを得たのですが、寝過ごしていたらシャレにならないところでした。^^;;

  9795KHzは19:48(JST)にs/on、キャリアの後、(いつものように放送開始ジャスト5分前の)19:55(JST)からISとIDが始まりました。インターネット放送は、うちのPCがおかしいのか、それともサーバーの調子が悪いのか、

  >HTTP Error 404
  >
  >404 Not Found
  >
  >The Web server cannot find the file or script you asked for. Please check the
  >URL to ensure that the path is correct.
  >
  >Please contact the server's administrator if this problem persists.

 なんてメッセージが出てしまって、NG。幸い、短波放送の受信状態が頗る良好でしたので、インターネット放送は素直に諦め、こちら1本に絞ることにしました。(これが本来の?楽しみ方なのです。^^)

  20:00の時報の後、「さくらさくら」で放送開始。この時点から既に尾崎さんご夫妻の声は詰まっていましたが、それでもガンバって、まずは南米在住リスナーからお便りを紹介されていました。「日本語放送中止の心残りは、南米のリスナー」と放送中でアナウンスされてましたが、それを示すものだと思います。数年前、NHKでHCJB日本語放送の特集が放映されたことがありましたが、その時の番組に出てきた南米リスナーが何人か登場していました。

  引き続いて、20:15から日本のリスナーのお便り紹介。町田ミーティングのメンバー数名、根なし草さん、黒頭巾さん、そしておなじみのDXer仲間が何人も出てきて、ニヤニヤしながら?聴いていました。ただ、放送中2回ほど「ブーン」とハム音のようなものが被り、ちょっと焦りましたが。

  お便り紹介が続き、いよいよ放送時間も残り僅かに。19:58からスタジオで「蛍の光」の熱唱、1999年10月末のR.St.Helenaの最終放送みたいでしたが、その後の尾崎アナの挨拶がまた感動的でした。さすがに感極まってしまったのでしょう。声に詰まっておられ、普段はあまり感傷的にならない?私も、何だかジーンと来てしまいました。その後、これも生放送のアクシデントか、尾崎さんの最後の挨拶の途中で無常にも電波は途切れ、何ともあっけない幕切れとなったのでした。■




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